2009年06月21日

『海底軍艦』(かいていぐんかん)は

『海底軍艦』(かいていぐんかん)は、1963年(昭和38年)に公開された、東宝制作の特撮映画。正月興行作品。

東宝特撮の最高傑作との呼び声もある、怪獣映画と戦争映画の融合した作品。登場する轟天号の存在感や、それにも負けない田崎潤扮する神宮司大佐らの熱演もあって、現在でも評価は高い。

押川春浪の原作には、「ムウ帝国」「怪獣マンダ」「神宮司大佐」といった映画の全ての登場人物は何ひとつ登場しない。ストーリーでも「少数の人員が孤島で海底軍艦を建造する」以外ほぼつながりはない。脚本の関沢新一は、「海底軍艦は子供のころに読んで、とにかく“ロマン”というイメージがあった。現代の設定に置き換えるに当たり、このロマンをどう描くか考えた」とコメントしている。やはり原作どおりの「ロシアが敵役」などの設定は時代的に無理ということで、敵を架空のムー帝国とし、自身が戦時中関わった、南方前線での寄せ集めの機材による戦闘機建造の体験をベースに、骨太のストーリーを構築している。劇中で活躍する「轟天建武隊」の名前は、明らかに回天特別攻撃隊の各部隊名の合成。そしておそらくは建武の中興(建武の新政)にもかけたもの。
日本の土木技師が行方不明となる事件が相次いでいた。こうした事件の現場に居合わせたカメラマン旗中進と西部善人は、被写体としてスカウトしようと光國海運の楠見専務の秘書、神宮司真琴を追跡し、楠見と真琴がムウ帝国工作員23号と名乗る怪人と工作潜水艦に誘拐されようとするのを阻止する。

後日、ムウ帝国からの脅迫フィルムが届いた。それは一万二千年前に海底に沈んだ伝説上の大陸ムウ大陸を支配した帝国が、地熱を資源とする強大な科学力をもって今なお健在であると示し、神宮司大佐の「海底軍艦」の即時建造中止と、かつてのムウ帝国の植民地であった地上全世界の即時返還を要求していた。同じ脅迫フィルムが国連の場にも届けられていたが、即時黙殺された。だが、世界各地の海岸地域での大陥没や、貨物船が謎の潜水艦に襲撃・撃沈されるなどの異変が相次ぎ、世界各国は総合防衛司令部を設置、最新鋭の原子力潜水艦レッドサタン号や人工衛星による警戒網を動員する。だが、ムウ帝国の潜水艦を深海に追ったレッドサタン号は水圧に耐え切れず圧壊爆破。地上人の手の及ばぬ深海のムウ帝国の科学力は恐るべきものであることを証明した。

ここに到って、日本の治安担当首脳は元大日本帝国海軍少将の楠見に、「海底軍艦」の出動は国連の要請であると伝えるが、楠見は元部下・神宮司の秘密を告白する。「終戦時、神宮司はイ403潜で反乱を起こし消息を絶った」と。その時、警視庁から、ムウ帝国の工作員と思われる男を捕らえたとの連絡が入る。

捕らえられた男は、ムウ帝国人ではなかった。神宮司大佐の部下、天野兵曹である。神宮司大佐が健在であることを知り、楠見らは神宮司に会うことを決意する。神宮司大佐の根拠地は知られざる島にあった。その名も「轟天建武隊基地」である。海底軍艦轟天号の驚くべき性能の一端を示した試験航行の成功に酔う神宮司に、楠見は非道なるムウ帝国撃滅のために海底軍艦の出動を要請するが、拒絶される。神宮司は大日本帝国海軍の再興をかたくなに望んでいた。真琴と旗中は痛烈な抗議をするが、一行に混じって海底軍艦基地に潜入した海野魚人=ムウ帝国工作員により、基地は爆破された。


英題は Atragon。好評だったらしく、実際には続篇でもなんでもない『緯度0大作戦』が、海外では Atragon II の題名で公開されている。ドイツではU2000という題になっている。轟天号の英語名Atragonの由来はAtomic dragon。 当時の東宝特撮の正月映画としては、本作の特殊撮影のスケジュールは約2か月(当時の平均は3か月)と、やや短めである(本編撮影は従来通り約1か月)。ラストシーンの海上爆発は、キャメラを上下逆にして、水槽に絵の具を落として表現している。丸の内崩壊シーンの冒頭に、マンホールの蓋が蒸気で吹き飛ぶカットでは、マンホールの蓋を軽いウェハースで作って撮影した。人工衛星のカットには、『地球防衛軍』や『宇宙大戦争』の宇宙ステーションの映像が流用されている。

田中友幸プロデューサーは、この映画に登場する「神宮司八郎」の名がお気に入りで、自らのペンネームにもしている。

日本の土木技師が行方不明となる事件が相次いでいた。こうした事件の現場に居合わせたカメラマン旗中進と西部善人は、被写体としてスカウトしようと光國海運の楠見専務の秘書、神宮司真琴を追跡し、楠見と真琴がムウ帝国工作員23号と名乗る怪人と工作潜水艦に誘拐されようとするのを阻止する。

後日、ムウ帝国からの脅迫フィルムが届いた。それは一万二千年前に海底に沈んだ伝説上の大陸ムウ大陸を支配した帝国が、地熱を資源とする強大な科学力をもって今なお健在であると示し、神宮司大佐の「海底軍艦」の即時建造中止と、かつてのムウ帝国の植民地であった地上全世界の即時返還を要求していた。同じ脅迫フィルムが国連の場にも届けられていたが、即時黙殺された。だが、世界各地の海岸地域での大陥没や、貨物船が謎の潜水艦に襲撃・撃沈されるなどの異変が相次ぎ、世界各国は総合防衛司令部を設置、最新鋭の原子力潜水艦レッドサタン号や人工衛星による警戒網を動員する。だが、ムウ帝国の潜水艦を深海に追ったレッドサタン号は水圧に耐え切れず圧壊爆破。地上人の手の及ばぬ深海のムウ帝国の科学力は恐るべきものであることを証明した。

ここに到って、日本の治安担当首脳は元大日本帝国海軍少将の楠見に、「海底軍艦」の出動は国連の要請であると伝えるが、楠見は元部下・神宮司の秘密を告白する。「終戦時、神宮司はイ403潜で反乱を起こし消息を絶った」と。その時、警視庁から、ムウ帝国の工作員と思われる男を捕らえたとの連絡が入る。

捕らえられた男は、ムウ帝国人ではなかった。神宮司大佐の部下、天野兵曹である。神宮司大佐が健在であることを知り、楠見らは神宮司に会うことを決意する。神宮司大佐の根拠地は知られざる島にあった。その名も「轟天建武隊基地」である。海底軍艦轟天号の驚くべき性能の一端を示した試験航行の成功に酔う神宮司に、楠見は非道なるムウ帝国撃滅のために海底軍艦の出動を要請するが、拒絶される。神宮司は大日本帝国海軍の再興をかたくなに望んでいた。真琴と旗中は痛烈な抗議をするが、一行に混じって海底軍艦基地に潜入した海野魚人=ムウ帝国工作員により、基地は爆破された。

2009年06月04日

ニューエイジ(New Age)とは

ニューエイジ(New Age)とは、字義どおりには「新しい時代」であるが、新しい世界、新しい思想を含意する。この表現の背景には、ヨハネの黙示録に見られ、一部のキリスト教徒が採用している千年思想がある。すなわち、神と悪魔の戦いが千年続き、最後に神が勝利して、ニューエイジ=新しい世界がやってくるというものである。基本的には、伝統的な教えの中から、古くて役に立たない教えを廃し、真の意味での教えを明らかにしようという運動である。

ただし、現在「ニューエイジ」(ニューエイジ・ムーブメント、ニューエイジ運動)と言うときには、アメリカ合衆国、とりわけ西海岸を発信源として、1970年代後半から80年代にかけて盛り上がり、その後商業化・ファッション化されることによって一般社会に浸透、現在に至るまで継続している、霊性復興運動およびその生産物全般、商業活動全般を指す場合が多い。以下ではこれについて述べる。

ニューエイジ運動は、60年代のカウンターカルチャーをその直接の起源とする。物質的な思考のみでなく、超自然的・精神的な思想をもって既存の文明や科学、政治体制などに批判を加え、それらから解放された、真に自由で人間的な生き方を模索しようとする運動である。

その中には、以下のような共通項をもつ、新旧の多様で雑多な要素が、互いに力動的に関わり合いながら共存している。
介護 抜け毛 不用品 学習指導 生活雑貨 音楽 旅行 美容室 特産物 化粧品 内職 趣味 雇用 家具 介護 仏具 アレルギー 結婚 楽器教室 九州沖縄 学校 スポット 若返り 在宅 サプリ SOHO 住まい アレルギー 占い マッサージ 化粧品 資格 アレルギー 雑貨 予備校 ホテル スクール 水族館 ダイエット 税理士 SOHO 金融 損害保険 アレルギー インテリア マッサージ 墓石 パソコン 交通地図 教育

反近代、反既存科学、脱西欧文明(禅や道教、チベット仏教などの東洋思想やネイティブ・アメリカンの思想、あるいは“異教”的文化への親和性)
ポジティブ・シンキング(個人に内在する力と可能性の強調)
五感や身体性・主観的体験の重視
論理的思考に対する直観的理解(「気づき」)の優位、
快の感覚や欲望の肯定、
旧来の社会道徳の否定と極端な自由主義の思想、
汎神論的・宇宙神的存在あるいは「大いなる意志」への信仰と、万象に対するその介在を根拠とする「偶然性」の否定
自然への回帰(しばしば人間以外の生物との精神的な交感を含む)
女性性の尊重、など。
具体的な構成要素としては、チャネリング/リーディング、瞑想法、前世療法・催眠療法等の心理療法、ヨガや呼吸法・さまざまな整体術等の身体技法、ホーリスティック医療、心霊治療、アロマテラピー、オーラソーマ、パワーストーン、輪廻転生信仰、さまざまな波動系グッズなどを挙げることができる。そのうちの少なからぬものは、一般に「オカルト」と呼ばれる領域に属する。

その裾野部分では、ニューエイジは現代の行き過ぎた消費文明や経済的効率主義に対して警鐘を鳴らし、これを中和しようとするようなオールタナティヴな社会思潮として機能する可能性を期待されている。しかしその一方で、しばしば、その信奉者の理性的・論理的・科学的な思考を麻痺させて健全な批判力を鈍らせ、また極端な場合には、破壊的カルトやオカルト商法といった反社会的な形をとって立ち現れる。そのようなわけで、ニューエイジの功罪について、明快な評価を下すことは容易ではない。

ニューエイジ的な価値観を信奉する人のことをニューエイジャーという。

2009年05月01日

蝗害(こうがい)

蝗害(こうがい)とは、トノサマバッタなど、相変異を起こす一部のバッタ類の大量発生による災害のこと。蝗害を起こすバッタを「飛蝗」「トビバッタ」と言う。また、飛蝗の群生行動を飛蝗現象と呼ぶ。

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群生行動をしているバッタは、水稲や畑作作物などに限らず、全ての草本類を数時間のうちに軒並み食べ尽くしてしまう。当然、地域の食糧生産はできなくなるため、被害地の住民は深刻な飢饉に陥いる。大量に発生したバッタは大量の卵を産むため、数年連続して発生するのが特徴である。日本を含む大抵の国では、殺虫剤の普及により過去のものとなっているが、アフリカ諸国など国土が広大で組織的な駆虫が難しい地域では、現在も局地的に発生し大きな被害を出している。

日本での発生は稀なため、漢語の「蝗」に誤って「いなご」の訓があてられたが、日本で水田に生息し、食用になる分類学上のイナゴ類がこの現象を起こすことはない。

蝗害(飛蝗現象)は農学上重要であるとともに生態学的にも興味深いため、多くの研究が積み重ねられている。

2009年04月16日

タデ属(Polygonum)

タデ属(Polygonum)はタデ科の属。学名Polygonumはギリシア語でミチヤナギなどの茎の形から「多くの(Poly)ひざ(Gonu)がある」の意味といわれるが、その他の語源説もある。

属の範囲については、広い意味で約300種を含める(さらに節に下位分類する)考えもある。しかしいくつかの属に分割する考えもあり、その場合にはミチヤナギなどをPolygonum属(和名はミチヤナギ属)とし、いわゆるタデ類(ヤナギタデ、イヌタデ、サナエタデなど)はPersicaria属(イヌタデ属またはサナエタデ属)に入れ、他にソバカズラ属、ソバ属を分ける(ソバ属だけ別にすることもある)。一部の種をさらに別属(オンタデ属、イタドリ属、イブキトラノオ属、ミズヒキ属、ツルドクダミ属など)とする考えもある。このため後に示すように学名にはシノニムが多数ある。
タデ属は主に北半球温帯に分布し、大部分は草本で、中には数メートルの高さに達するものや、つる性(一部は木性)のものもある。湿地または水中に生育するものも多い。

葉は全縁の単葉で互生し、形は多様で、幅広い卵形(ミズヒキ)から、細長いもの(ヤナギタデ、ミチヤナギ)、心臓形(ツルドクダミ)、ほこ形(イタドリ)、三角形(イシミカワ)などがある。葉の中央部に黒斑のあるものもある。また托葉があり、多くは茎を包む筒状であるが、イシミカワのように大きく広がるものもある。茎は赤みを帯びるものが多く、とげを持つものもある(イシミカワ、ママコノシリヌグイ、ウナギツカミなど)。

花には4-6個の花被片があり、緑色、白、または淡紅色ないし赤に色づく。総状、穂状または頭状の花序をなす。花被片は花後も宿存し、果実を包むものもある。果実は1個の種子を含む痩果。

利害 [編集]
イヌタデ、ミチヤナギ、イタドリなど雑草として至る所に見られるものも多い。経済的に最も重要なのはソバである。このほか香辛料もしくは野菜として食用にするヤナギタデがある。イタドリなど山菜として利用されるものもある。ツルドクダミ(何首烏)は漢方薬に用いられる。染料として使われるアイ(タデアイ)も含む。また観賞用に栽培されるヒメツルソバ、オオケタデ、ミズヒキ、ナツユキカズラなどがある。

主な種 [編集]

狭義のPolygonum(ミチヤナギ属

Polygonum aviculare ミチヤナギ
Polygonum polyneuron アキノミチヤナギ
Polygonum piebeium ヤンバルミチヤナギ
Polygonum arenastrum ハイミチヤナギ
Polygonum argyrocoleon ヌカボミチヤナギ
(Pleuropterus ツルドクダミ属)

Polygonum multiflorum(Pleuropterus multiflorus) ツルドクダミ

Polygonum fagopyrum(Fagopyrum esculentum)ソバ
Polygonum tataricum(Fagopyrum tataricum) ダッタンソバ
Polygonum cymosum(Fagopyrum cymosum) シャクチリソバ

Fallopia ソバカズラ属 [編集]
Polygonum baldschuanicum(Fallopia baldschuanica、Fallopia aubertii、Bilderdykia aubertii、Bilderdykia balschuanicum)ナツユキカズラ
Polygonum convolvulus(Fallopia convolvulus) ソバカズラ
Polygonum dumetorum(Fallopia dumetora) ツルタデ
Polygonum dentato-alatum(Fallopia dentato-alata) オオツルイタドリ

ファナテ ピータ ロール ネット ズック リゾラバ 君の瞳 バラブル ハンズ グラジ カナル ウェア ポテト イオン トッピグ タイペイ ライボー ナビスカ セリング サーマル リシン ぐんじょ かぼちゃ ワラビ ジェトロ 中葉春菊 てつむぎ スケボー ヨセミ カノ最新 カーゴ たかのす クチン マツバ 紅葉坂 リミット セイウチ 曼珠沙華 ブレード ワンマ イエロー スクリ キラー ヒュー フリージ スチナ さいさく パピル ライク キッズ

2009年04月01日

サクラ(桜、櫻)

サクラ(桜、櫻)は、バラ科サクラ属の植物のうち、ウメ、モモ、アンズなどを除いた総称であり、一般にはサクラ亜属 (Subgen. Cerasus) に属するものを指す。

春に白色や淡紅色から濃紅色の花を咲かせ、とくに果実を食用とするほか、花や葉の塩漬けも食品などに利用される。日本人に古くから親しまれている。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

園芸品種が多く、とくに江戸末期に開発されたソメイヨシノ(染井吉野)は、明治以降、全国各地に広まり、サクラの代名詞となった。自然種としてはヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガンなど10種ほどが認められている。また、日本では固有種・交配種を含め600種以上の品種が自生している。

古代では、山に咲くヤマザクラ(山桜 P. jamasakura)や、八重咲きの桜が一般的であった。有名な吉野の桜も、ヤマザクラである。静岡県富士宮市に日本最古級のヤマザクラである狩宿の下馬ザクラがあり、特別天然記念物に指定されている。

また、日本において最も馴染み深い花であることから、一般的に国花の一つとされ(法的に定められたものではない)、明治時代以降軍隊や学校の制帽や階級章に桜を象った紋章が用いられている。現在においても警察や自衛隊などの紋章に使用されている。

ヤエザクラは、サトザクラの八重咲きの品種の総称として用いられる。

3月27日はさくらの日である(1992年(平成4年)から財団法人日本さくらの会が制定した)。

著名な桜に日本五大桜などがある。


語源説

「サクラ」の名称の由来は、一説に「咲く」に複数を意味する「ら」を加えたものとされ、元来は花の密生する植物全体を指したと言われている。また他説として、春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)だからサクラであるとも考えられている。

富士の頂から、花の種をまいて花を咲かせたとされる、「コノハナノサクヤビメ(木花之開耶姫)」の「さくや」をとって「桜」になった、とも言われている。

サクラ と サクランボ [編集]
観賞用の桜にも赤い実をつけるものがあるが、これは一般には食用とはされない。俗に「サクランボ」と呼ばれ、果実を食用とするものは、西洋系の品種であるセイヨウミザクラ(西洋実桜)で、これはしばしば「桜桃」(おうとう)とも呼ばれるが、本来は、「桜桃」とはセイヨウミザクラとは別種のシナミザクラ(中国実桜、支那実桜)を指す。

花(花弁)自体も塩漬けにすると独特のよい香りを放ち、ハーブの一種として和菓子・あんパンなどの香り付けに使われる。

特徴 [編集]
特にソメイヨシノで顕著であるが、葉が出そろう前に花が咲きそろう。この「何もないところに花が咲く」という状態に、古来生命力の強さを感じたものと思われる。開花期間は特に花見に使われる「ソメイヨシノ」が短く、満開から一週間程度で花が散る。小学校などの校庭では、ソメイヨシノに比べて開花期間が長い八重桜を混植することが多い。花が散って葉が混ざった状態から初夏過ぎまでを葉桜と呼ぶ。

2009年03月18日

近露王子(ちかつゆおうじ)

近露王子(ちかつゆおうじ)は、九十九王子のひとつ。和歌山県田辺市中辺路町の神社旧蹟。

大阪本王子から箸折峠を越えて山を下り、日置川に架かる北野橋のすぐ左手にある。この王子は、九十九王子の中でも最も早い時期から現れたもののひとつであり、永保元年(1081年)の藤原為房の参詣記に「近湯」の地名が初見され、天仁2年(1109年)の藤原宗忠の参詣記には10月14日の条で、川で禊ぎをした後、「近津湯王子」に奉幣したとの記述がある。「ちかつゆ」という地名は、花山天皇の熊野詣のとき、現在の箸折峠で食事をしようとして箸がなかったので、萱の茎を折って箸にし(箸折)、そこからしたたり落ちる赤い汁を見て「これは血か露か」と言ったことに由来すると伝えられる。
リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン

現在の「近露」の表記の初出は、承安4年(1174年)の藤原経房の参詣記で、建仁元年(1201年)の藤原定家の参詣記『熊野道間乃愚記』にも同様の表記で言及があり、近露についで歌会が開かれたとある。同様に、承元4年(1210年)の藤原頼資による修明門院参詣記の4月29日の条でも、宿所に着いてから禊を行い、翌日に王子に参拝している。

このように、近露では宿泊・潔斎をする例が多く見られる。仁和寺蔵の『熊野縁起』にも、「近露の水は現世の不浄を祓う」とあり、参詣に備えて身を清浄にする霊場となっていたことが分かる。近露は田辺と本宮のほぼ中間に位置する中辺路の要所・宿場として早くから発達し、近世になってからも宿駅として栄えた。特に、北野橋を渡って王子の前あたりから200mほどの区域は道中(どうちゅう)と呼ばれ、多くの旅籠が軒を連ねた。

『紀伊続風土記』には若一王子権現社と呼ばれ、木製の御神体が安置されていると伝えられている。明治期には王子神社と呼ばれ、末年には金毘羅神社(現・近野神社)に合祀廃絶された。この際、周囲の森も伐りはらわれ、現在では、数本の巨木の株に、わずかに面影がとどめられている。

王子碑 [編集]
現在の境内には1934年(昭和9年)1月に建立された王子碑がある。これは前年の3月20日にこの地を訪れた出口王仁三郎が、当時の村長・横矢球男の依頼に応じて筆をとったものを彫りつけて建立したものである。しかし、1935年(昭和10年)の大本教弾圧に際して、取り壊しの危機にさらされた。横矢は王仁の書を警察に提出する一方で、碑面の出口の署名を削りとって横矢のものに改彫し、この碑は模写に過ぎないとの主張を認めさせて難を逃れたものである。そうした経緯から、大本教弾圧を逃れて残された出口の筆跡として貴重なものである。

近露宿所 [編集]
定家の参詣記などいくつかの中世参詣記には、近露にあった宿所についての記述がある。定家によれば「此の宿所、御所に近く田を隔つ」とあり、歌会の後で、輿に乗って退出し、川を渡って王子に参拝したとある。鳥羽院の長承3年(1134年)の御幸記にもこの宿所が登場し、季節外れの雷雨で雨漏りがしたせいで衣装が濡れたと述べられている。

これらの記述から、この宿所が、日置川左岸にある王子とは反対側、右岸にあったことが明らかであるが、1889年(明治22年)に南紀一帯を襲った台風水害で地形が大きく変化しており、精確な跡地の確定は難しい。王子の対岸にある薬師堂の側に古くから御所田(ごしょだ)と呼び習わされている場所があり、そこが跡地であるとわずかに推定できるのみである。

2009年03月02日

24連装ロケット砲車

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24連装ロケット砲車
愛称はポンポン砲。

形状は3軸のシングルキャブ型トラックの荷台部に24連装ロケット砲を装備したものである(なお、このトラックはオリジナルである)。また運転席後部に人員の姿が2名確認できる事から、そこで発射操作を行っていると見られる。なお、発射する際はロケット砲を後部に旋回させて目標へ向けることが多いが、劇中では発射時の後部に噴射される爆風の類は確認出来ないため、人員に支障は無いと見られる。また『空の大怪獣ラドン』ではレーダーを装備した型が登場している。デザイン・造形は渡辺明。

登場作品:『ゴジラの逆襲』『空の大怪獣ラドン』『地球防衛軍』『大怪獣バラン』『怪獣大戦争』『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』

61式改戦車
『ゴジラvsモスラ』や『ゴジラvsメカゴジラ』に登場した陸上自衛隊やGフォース陸軍の戦車。61式戦車の車体に74式戦車の砲塔を乗せた遠隔操縦式の無人戦車。 高額ゆえ配備が進まない90式戦車の代用車。

92式メーサー戦車
正式名称は92式メーサービーム戦車。形式番号はDAG-MBT-MB92。通称「メーサータンク」と呼ばれている。『ゴジラvsビオランテ』で初登場。元々はミサイル迎撃システムとして開発されていた。外観としては亀を思わせる。車体に8輪のタイヤを装備し、砲塔上部にメーサー光線を照射するパラボラ型砲身を搭載している。光線発生システムはプラズマを発生・加熱し中間子(ニュートリノ)を生成し収束照射するプラズマ加熱ミラータイプ改。このため砲塔後部には超伝導発電システムと冷却システムが搭載されている。従来の作品に登場する牽引式のメーサー車とは違い、完全自走式の光線兵器。また、運転席上部には怪獣出現時の緊急走行を考慮しパトライトを装備している。これはハイパワーレーザービーム車から受け継がれたものである。対怪獣迎撃の中核として陸上自衛隊各方面隊の「特殊武器科(=メーサー)」部隊に配備された他、国連Gフォースにも臨時参加し、Gフォース陸軍の主要兵器としても活動した。なお、対デストロイア戦では従来の陸上自衛隊に復帰し、冷凍メーサー砲及び8連装ミサイルランチャー2基を装備した92式メーサー戦車改が投入された。

全長:16メートル
全幅:9.5メートル
全高:4.8メートル
重量:85トン
走行速度:時速70キロ
武装
500万ボルトメーサー砲1基
8連装ミサイルランチャー2基(92式改のみ)
登場作品:『ゴジラvsビオランテ』『ゴジラvsキングギドラ』『ゴジラvsモスラ』『ゴジラvsメカゴジラ』『ゴジラvsデストロイア』『怪獣プラネットゴジラ』

] 96式冷凍レーザータンク
『ゴジラvsデストロイア』に登場。デストロイアのミクロオキシゲンを無効化させるために急遽投入された車輌。地上部隊の中核としてゴジラ、デストロイアを攻撃した。装置車と装輪式牽引車(特92式改30トン6輪牽引車、ソニックビーム車の牽引車と同型)で構成される。所属は陸上自衛隊。形式番号はDAG-MB96(略記号にMB96がある)。

装置車
全長:10.5メートル
全幅:8.4メートル
全高:7.9メートル
重量:77トン
牽引車
全長:8.3メートル
全幅:6.4メートル
全高:3.9メートル
重量:28トン
走行速度:時速100キロ(牽引車単体)、55キロ(装置車牽引時)
武装
超低温レーザー砲1基
8連装ミサイルランチャー2基

Aサイクル光線車
『怪獣大戦争』に登場。X星人が怪獣のコントロールに使用している電磁波を妨害するAサイクル光線を放射するために急遽製作された車輌。自走することはできず、牽引車を必要とする。また車体にはX星人が苦手とする音波を出すためのスピーカーを装備している。

『ウルトラマン』では防衛軍所属の「熱線砲車」として怪獣ネロンガ、ギャンゴを倒すために出動した。
なお本車の撮影用模型はのちにメーサー殺獣光線車に改造・流用された。(『ウルトラマン』第11話ではメーサー殺獣光線車と一緒に写るカットがある)

EDF戦車
『ゴジラ FINAL WARS』において登場した、地球防衛軍 (EDF) の主力戦車。冒頭では、南極でのゴジラ迎撃でメーサー車と共に陸上部隊として出動していたが映像で映っているのはメーサー車共々ゴジラにより破壊された残骸だけであった。本編では東海コンビナートを襲撃したエビラに砲撃を加えたが、こちらもエビラにより甚大な被害を与えられ壊滅している。外見はチョールヌイ・オリョールに類似している。

月面探検車
『宇宙大戦争』に登場。通常はキャタピラで移動するが、エアークッションを用いて浮上走行をすることも可能。スピップ号と同様の熱線砲を装備している。スピップに1台ずつ搭載されており、2台が登場したが、1台はナタールの攻撃でキャタピラが切れて掴座してしまったため放棄された。

原子熱線砲
『モスラ』に登場。東京タワーに作られたモスラの繭を焼却するためロリシカ国から2基が日本に緊急供与され、攻撃を行ったが、モスラを倒すことは出来なかった。パラボラ型の砲塔を搭載した装置車と牽引車で構成される。

『ゴジラ×メカゴジラ』では、自衛隊がこの熱線砲を研究し、初の対怪獣専用装備であるメーサー殺獣光線車を開発、完成させた。

サーチライト車
照明車。作品によってジープ・トラックを基にした様々な型がミニチュア・実写問わず登場する。主に『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の照明車(Aサイクル光線車の牽引車がベース)、『ゴジラvsビオランテ』のスーパーサーチライト車 (TSL-91。ミニチュアは市販のはしご消防車のミニカーのターレットにライトを載せたもの) 等。

ソニックビームシステム車
『ゴジラvsビオランテ』に登場。ソニックビームシステム車(雷電位相増幅機=M6000-TCS)と91式特殊牽引索敵レーダー車で構成され、これに電位差発生装置(通称『地雷』)で一つとなる。形式記号はPDSS91。所属は陸上自衛隊。

大鵬
『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』に登場。所属は防衛陸軍。推進式削岩弾D-03発射用ランチャー車である。デザインはBM-30がベースになっている。

全長:10.56メートル
全高:3.68メートル

多目的戦車
『怪獣総進撃』『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』『ゴジラ対メガロ』に登場。200ミリ戦車砲、160ミリ副砲(ロケット弾)の他、砲塔上にミサイルとレーダーを装備した戦闘車両。文献によってはミサイル自走砲と称される。戦闘指揮車からの遠隔操作で行動する。

ツインメーサータンク
正式名称は93式自走高射メーサー砲。形式番号はMBAW-93。『ゴジラvsモスラ』で初登場した。

局地戦防空車両として開発された装備で、92式メーサー戦車2台から3台につき1台が付くという構成になっており、メーサー隊の頭脳的車両。ただし、車両の単価が高価なために満足な数が揃えられていない。国連Gフォースに参加、配備された時は無人化した74式戦車の遠隔操作機能の付随や、砲身等の細部に改良が施された他、デストロイア戦には92式と同様の改造を施された93式自走高射メーサー砲改(関連書籍ではツインメーサー(改)と記述されることがある)が登場した。『ゴジラvsスペースゴジラ』では未登場だったが、DVDに収録されているメイキング映像の未使用シーンでは、Gフォース陸戦部隊として登場しており、砲塔後部のレーダーがパラボラ状になっていた。 当初、3連装のメーサー砲が束ねられたスパイラルメーサーとしてデザインされたが、モスラやバトラが登場するということで砲塔部のみ対空戦車を基にしたデザインに変更された。

全長:13.5メートル
全幅:6.2メートル
全高:7.4メートル
重量:90.5トン
走行速度:時速42キロ
武装
高射メーサー砲(200万ボルト)2基
8連装ミサイルランチャー2基(93式改のみ)
登場作品:『ゴジラvsモスラ』『ゴジラvsメカゴジラ』『ゴジラvsデストロイア』『怪獣プラネットゴジラ』

2009年02月12日

魔法先生ネギま!

週刊少年マガジン・2003年13号(同年2月26日発売)より、「30人の美少女がキミの恋人・ドキドキのニュータイプ学園ラブコメ」という触れ込みで連載を開始する。本作品では、中学校の一クラス全員に設定を与えており、後から見返して、1巻目の最初の登場コマから、各キャラの行動に矛盾がないように描かれている[1]。しかしながら、生徒31人全員が一時間目(第一話)から登場しているにも関わらず、ほとんどが読者に対して紹介されぬままに物語が進められており、読者は生徒の見分けがつかないが大勢でなにか楽しそうにやっているという雰囲気を感じ取ることになる。物語中では時折クラスメート編と呼ばれる個々の生徒に焦点を当てた回があり、読者は順番に生徒を覚えていくことになる。これはモーニング娘。のファンがメンバーを識別していく過程を参考にしている[2]。
ユーロ ドラゴン セカンド ナビラッコ バリヤ サーチ天延 セスカーナ ユッカ 京いも パレス レオタガ オマーン フライト リポジ ピンク チャコール サドルシ ライト じゃじゃん シキミ エッジ カチュ クロロ 学園天国 ソワレ ダイレーザ ハンサム シート ニアピン ロハス ラナン ソコン かすかわ 星のフラ シューズ フーズ トレーサー ターピース ルカラー 天羽 シャープ パオトウ くずまき マミー スウェ フォトカ そけい メトニミ フランス スリーエム

物語は、まだ10歳のネギ先生が、(実際は30人ではなく)31人の女子中学生のクラスの担任となるところから始まる。序盤は「子供先生」のネギが個性的な女子生徒達に振り回される「ドタバタHラブコメ」風の展開を見せていたが、話が進むにつれて本来のテーマである「父親越え」が表面化し、それに係わる者達との「バトル」路線と、従来の「コメディ」路線とが交互に描かれるようになる。生徒たちの中にも魔法の存在を知ることになる者や、実は前から知っていたという者が現われ、ネギは彼女たちに支えられながら、魔法使いの世界で英雄だった父の足跡を追って成長していく。

連載当初は赤松健の前作『ラブひな』と同様の萌え路線、または、恋愛物のように思われたことから読者の中心は青年層であった。しかし、ストーリーが進み、バトルなどの燃え展開や本格的なファンタジー世界が顔を見せるようになり、より低年齢の層にも支持が拡がっていった。作者は燃えと萌えの融合を目指している[2]。

物語の舞台となる麻帆良学園は、『ラブひな』の舞台となったひなた荘と同様に「みんな仲がよくて嫌なことがあまり起きない」場所として描かれている。ファンの間ではこれを指して「赤松ワールド」と呼ばれている。一方で、作者は従来の作風からの脱却を狙って、本作品で冒険することも明らかにしている。

本作品は前述の触れ込みの通りヒロインが31人という大所帯のため、当然各キャラクターの登場回数には大きな差が出てくる。そこで重要になってくるのが通称「ネギ・プリ」というマガジン本誌で行われる人気投票であり、2008年3月までに7回開催されている。この人気に応じてキャラクターの登場頻度が決まっていくというものであり、例えば第1回の人気投票で1位となった佐々木まき絵の登場頻度は当初の予定から大幅に変更された。ただ、現在では各キャラの立ち位置や登場予定はほぼ決まっており、人気投票結果による大幅なストーリー変更は考えていないという作者コメントもある。

1990年代からの声優ブームの仕掛け人であるスターチャイルドの大月俊倫がプロデューサーとなり、アニメ化以前からCDをはじめとしたメディアミックス展開が行われた。人気の主体となったのは主人公と女子中学生に配された総勢32人の声優陣であった。2004年に12ヶ月連続発表された『声のクラスメイトシリーズ』はキャラクター名義のCDとしては史上初のオリコンチャートトップ10入りを果たした[2]。声優陣は2008年までに一人の交代があったのと、TVドラマ関連展開を除いて現在に至るまで変更されていない。その他、イベント、ラジオ番組等も盛況を博した。ただTVアニメだけは一概に成功とは言い切れない事柄が多く、大月俊倫は一時、企画から降りるという形を取っていた。

受賞歴
平成16年度(第50回)「小学館漫画賞」少年向け部門 最終候補作品
平成16年度(第8回)「文化庁メディア芸術祭」マンガ部門 ノミネート作品

海外での展開
アメリカでは、「NEGIMA!」というタイトルでDel Ray社から英語版の単行本が6巻まで刊行されている。(2005年6月現在) なお、アメリカ版は第1巻のみ16歳以上指定(For mature audiences ages 16+)とされたが、これは該当の巻の一部表現が『ラブひな』と同じく、アメリカの出版規制に抵触したためである。

この他、韓国(発売:鶴山文化社、タイトル「마법선생 네기마!」)・台湾(発売 - 東立出版社、タイトル「魔法老師」)・クロアチア(発売 - Algoritam社、タイトル「Negima! Čarobnjak učitelj」)でも現地語訳による単行本が刊行されている。また台湾では、漫画週刊誌「新少年快報」において日本より2 - 3か月遅れで連載されている。シンガポールでも、「MAGISTER NEGI MAGI」というタイトルでChuang Yi社より英語版の単行本が刊行されている。

あらすじ
10歳でメルディアナ魔法学校を首席で卒業した天才少年のネギ(ネギ・スプリングフィールド)が、「立派な魔法使い(マギステル・マギ)」になるための修行として与えられた課題は、日本の学校で先生をすることだった。

登場人物
本作品では、二つの社会にわたって多くの登場人物が存在する。一つは表の世界、すなわち我々の社会そのものである。日本に教師として赴任したネギは、魔法使いとしての正体を隠したままA組の31人の生徒と出会う。生徒の多数は一般人であるが、ネギの正体を知ってしまうものもおり、魔法使いの世界に関わりをもっていく。

もう一つは裏の世界、魔法使いの社会であり背景として「魔法世界」と呼ばれる異世界がある。麻帆良学園の教師・生徒の中にも、魔法使いが存在する。物語の中で大きな存在感を持つのが、かってネギの父「サウザンド・マスター」に率いられ魔法世界の大戦を終結させた「紅き翼」である。ネギの生徒のなかで、とくに神楽坂明日菜とエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとの二人には「サウザンド・マスター」との関係があり、断片的に語られる「紅き翼」の活躍と共に物語に謎を与えている。

第一部
正規の教員として認められるまで(1巻 - 2巻)
着任初日の内に生徒の一人、明日菜に正体がばれてしまう。当初、ネギを嫌っていた明日菜であったが、父の行方を探すというネギの目標を知り、深い関係を築いていくことになる。
吸血鬼エヴァンジェリンとの戦い(3巻)
吸血鬼エヴァンジェリンにネギは命を狙われた。ネギは一度追い詰められるが、明日菜に助けられた。明日菜は戦う力を得てネギを守るために、ネギのパートナーとなる。しかし、明日菜に迷惑をかけたくないネギは、一人でエヴァンジェリンと戦うことにする。結局は一人ではかなわず、また明日菜に助けられることになった。以後の話でも、生徒に迷惑をかけたくなくて一人で危険に立ち向かおうとするネギと、ネギを守ろうとする仲間の構図は繰り返される。
修学旅行(4巻 - 6巻)
麻帆良学園女子中等部は修学旅行の時期となり、3-Aは京都へ出発した。魔法使いの対立に巻き込まれる中、ネギは新たなパートナーを得て窮地を切り抜ける。強敵フェイトに出会うも、エヴァンジェリンに助けられる。戦いの後、父の親友に案内され、父の別荘を訪問する。そこで、明日菜は会ったことの無いはずのサウザンド・マスターとその仲間の写真に既視感を覚える。これ以後、明日菜の過去にまつわるエピソードが随所に挿入されるようになる。そこでは、普通の女子中学生であるはずの明日菜と、魔法世界、そして父との関係が示唆される。
ネギの修行(7巻)
ネギ、生徒の一人に弟子入りし中国拳法を習う。また、エヴァンジェリンにも弟子入りし、魔法使いの戦い方を習う。
無謀な行為を続けるネギに対して意地になっているだけだからと明日菜は止めようとするが、生徒の一人から目的を持って頑張っているのだから止めては駄目だと諭される。それでも、迷惑をかけたくないからと一人で危険な場所に向かうに至って、二人は絶交状態となる。しかし、目的に向かって進み続けるというネギの気質を理解しつつあり、そして、ネギの死を予感してしまった明日菜は、守らせてほしいという思いを伝えるのであった。
ネギの過去(8巻)
ある夜、ネギは明日菜に自分の過去を語った。父は危機が起きたときに助けてくれる英雄だといい聞かされて育ったこと、父に会いたいがためにいたずらを繰り返したこと、そして、悪魔に襲われ村人が石に変えられたこと、死んだはずの父が助けにきてくれたことを。危機が起きれば父が助けてくれる、そう思ったから村が襲われたと自分を責めるネギに、明日菜と仲間はネギに父と再会させることを約束するのであった。そしてそのすぐ後、村を襲ったデーモンと戦う。また、忍者少年で狗族(人狼)の犬上小太郎が、ネギの日本では初めての同年代の友人となる。
学園祭(9巻 - 17巻)
麻帆良学園都市全体で学園祭の時期となった。三日の間、3-Aの生徒もクラスや部活動などで様々な活動を行うため、担任のネギはスケジュールがたいへんな状態となったが、生徒の一人で、自らを火星人と名乗る超鈴音からもらったタイムマシン「カシオペア」により、順にこなしていくことができた。
学園祭二日目にネギは父、ナギの幻影と出会う。父を目標とするネギに対してナギはそれを否定するような言葉を投げかける。落ち込んだネギは、全てを吹っ切って前に進もうとするが、生徒の一人から吹っ切れたと思うのは勘違いだ、大きな悩みは抱えたまま前に進めと助言される。
一方、ネギらが学園祭を楽しんでいる間に超鈴音は魔法の秘密を全世界に公知すべく活動していた。超鈴音は実は未来人であり、歴史を変えるためにこの時代に来たのであった。魔法使いたちは超鈴音を止めようとするが戦いに敗れ、ネギと仲間(ネギ・パーティー)も罠にかかり未来に飛ばされる。ネギらはかろうじて過去(学園祭三日目)に戻ることができ、超鈴音の野望を止めるべく行動に移った。しかし、ネギは迷う。超鈴音の行いは自身のエゴのために世界を変えるがゆえに悪であったが、それによって助かる者もいるはずである。そして、超鈴音を止めることはネギ自分のために未来を変えることでもあった。自分が正しいと思うだけでは進めなくなったネギは、ある結論を出し超鈴音との決戦に挑む。
その後(18巻)
ネギは父の友人より、魔法世界に父の手がかりがあることを聞かされ、旅立ちの決意をする。だが、父しか見えていないその姿を明日菜に危惧され思い悩むことになる。結局は、父は自分の全てだ、止まることはできないと再確認したネギは明日菜に同行を求める。仲間とともにネギを守ることを決めていた明日菜は、もう止めることをしなかった。そして、旅立ちの前にネギに一緒に遊ぶことを約束させるのであった。ここで第一部完となる。

第二部
ネギま部創立(19巻)
魔法世界への旅立ちのため、明日菜は「ネギのお父さんの大魔法使いナギさんを探すためのクラブ」、略してネギま部を結成した。明日菜の過去を知ったエヴァンジェリンは、明日菜に危険なテストを与えることで魔法世界への関わりをやめさせようとするが、明日菜は見事に耐え抜き改めてネギを守る決意を示した。明日菜はエヴァンジェリンの2人目の弟子となった。
明日菜の親友のあやかをはじめとする、魔法を知らない生徒たちは、ネギま部の英国行に同行しようとする。エヴァンジェリンの画策により、夏祭りで部員の証であるバッチを狙うが、数々の修羅場を潜り抜けた面々の敵ではなく、自分たちがやろうとしているのはとても危険なことだと明日菜から身をもって知らされることとなった。
なお、ネギま部はエヴァンジェリンにより白き翼(羅:ALA ALBA)の名が付けられた。これは、ネギの父、ナギのパーティー名「紅き翼」にならってのこと。
アーニャ来日(20巻)
明日菜と一息ついていたネギの前に突然幼馴染のアーニャが登場した。帰ると手紙をよこしたのになかなか帰ってこなかったネギに業を煮やして、自分から連れ帰りに来たのだ。突如の幼馴染の登場に揺れる生徒たち、一方のアーニャは自分よりスタイルのいい生徒面々を見て、ネギの環境に良くないと判断し、帰国を強要する。だが、ネギま部の一同がネギの父親捜しのために協力していることを知り、仲間となる。
魔法世界へ(20巻 - 21巻)
魔法世界へ行く準備も整い、故郷のウェールズにきたネギま部。かつての惨状の傷跡である石化した村人を見て、ネギはあらためて自身の決意を確めた。そして、魔法世界に着いたネギま部だが、5人の魔法を知らない生徒がついてきていたことが発覚する。そこに、フェイトの襲撃を受ける。重症を負うも明日菜の機転で一命を取り留めたネギだが、敵の魔法で魔法世界の方々へ散り散りにされてしまう。
魔法世界(21巻以降)
フェイトは魔法世界と現実世界とを結ぶゲートを、ただ一つを残して破壊してしまった。ネギま部はそのすべての罪をなすりつけられ、お尋ね者となる。さらに、何も知らずについてきた生徒の内、3人が借金を抱えこまされ奴隷にされていた。ネギと小太郎は大人に変身して拳闘士になり、拳闘大会の賞金で彼女たちの借金を返済することを目指す。目標は、最後のゲートが残る廃都オスティアで開かれる大会での優勝であり、他の仲間もオスティアでの合流に向けて動き始めた。
このときネギは自分の実力ではフェイトを打ち負かすことができないと一人悩んでいた。ある日、ナギの友人(自称・永遠のライバル)であるジャック・ラカンと出会い、彼の弟子となる。彼はさらなる力を求めるネギのために、エヴァンジェリンが編み出した禁呪「闇の魔法」の巻物を手渡した。一度は躊躇するものの、これ以外に方法はないと覚悟を決めたネギはその危険な試練に挑み、習得する。

2009年01月26日

交響曲第7番 (ショスタコーヴィチ)

交響曲第7番ハ長調作品60「レニングラード」は、ソ連の作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチの作曲した交響曲である。

ショスタコーヴィチの全作品中でも、交響曲第5番と並び最も有名かつ人気のある曲のひとつでもあるが、題材や書法を巡って一部には「壮大なる愚作」との評もある。ショスタコーヴィチの交響曲のなかで最も演奏時間が長い。

第二次世界大戦のさなか、ナチス・ドイツ軍に包囲(レニングラード包囲戦)されたレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)市内で作曲された、戦争をテーマとした交響曲として知られる。音楽の内容はきわめて壮大であり、ナチスのファシズムへの反感もあって、初演当時から共産圏はもちろん非共産圏においても高く評価されていた。しかし、そこにはソ連のプロパガンダを強く感じさせるものもあり、「壮大なる愚作」との評もこのことと関係がある。そのため、冷戦の激化とともに作品の評価の下がった時期もあった。

しかし、1970年代後半に出された「ショスタコーヴィッチの証言」でこの作を「スターリンによって破壊され、ヒトラーによってとどめを刺された」レニングラードを意味すると書かれたるころ評価が変わり始め、現在では、ショスタコーヴィチはこの作品においてナチス・ドイツのみならずソ連政府の暴力をも告発しているのだ、という説が有力になりつつある。そのため、記憶を現代に伝える歴史的な記念碑的作品としての見方もあり、再評価の動きが高まりつつある(ただし、「証言」そのものが偽書である可能性もあることを忘れてはならない)。

作曲
レニングラード包囲前の1941年8月頃から作曲が開始され、12月17日に完成。ただし、第1楽章はもっと前から出来上がっていたとする証言もある。

初演
世界初演
1942年3月5日(3月29日説あり)、臨時首都クイビシェフにてサムイル・サモスード指揮、ボリショイ劇場オーケストラ
初演後、楽譜は「国家機密」扱いとされ、クイビシェフでマイクロフィルムに収められた後陸路でテヘランに運ばれ、カイロ経由で連合国側国家に運ばれた。
海外初演
1942年6月29日、ロイヤル・アルバート・ホールにてヘンリー・ウッド指揮
アメリカ初演
1942年7月19日、アルトゥーロ・トスカニーニ指揮、NBC交響楽団。全世界にラジオ中継された。アメリカ国内では1942年からその翌年にかけて62回も演奏されている。初演の権利をめぐって、トスカニーニ、レオポルド・ストコフスキー、セルゲイ・クーセヴィツキーの3者で争奪戦が起こり、「放送初演:トスカニーニ、公開初演:ストコフスキー、初録音:クーセヴィツキー」で決着したが、公開初演を行ったのもトスカニーニであった。
レニングラード初演
1942年8月9日、レニングラード放送管弦楽団、Karl Eliasberg指揮
日本初演
1950年5月17日、日比谷公会堂にて東宝交響楽団、上田仁指揮

曲の構成
各楽章の副題は、ナチスの侵略を想起させると判断した作曲者本人によって廃案となった。

第1楽章 Allegretto (「戦争」)
特殊なソナタ形式。25~30分。

提示部では、まず生命力に満ちた第1主題(「人間の主題」)が力強く描かれる。第2主題(「平和な生活の主題」)は極めて澄み渡った美しい主題であり、後半においてピッコロ、独奏ヴァイオリンに印象的な高音のモチーフが現れて消えてゆく。その静けさを小太鼓のリズムが打ち破って、「戦争の主題」に置き換えられた展開部に突入する。この展開部はモーリス・ラヴェルのボレロに影響を受けたといわれ、「戦争の主題」が小太鼓のリズムにのって楽器を変えながら12回繰り返される。(この小太鼓の用法はカール・ニールセンの交響曲第5番を参考にしたという説もある。)その結末において全合奏による暴力的な侵攻が描き出された後、第2金管群が抗戦のテーマを訴え、しばらくの間、2群の金管を擁した大迫力の音楽が続く。小太鼓が途切れた時点で第1主題が悲痛に叫ばれると、音楽は静かになり、再現部に入る。まずは第2主題が提示部とは対照的に、ファゴットにより暗く悲しげに現れ、第1主題は明朗に奏でられるが、やがて悲劇的な色彩を強める。極めて静かに奏でられるコーダでは、戦争の継続を示す「戦争の主題」が再び登場するが、その活動的なイントネーションは第4楽章における勝利を予感させる。
むろら バイラ プラズマ スプロー ディスト ラリー シリンダー ペツォ メイドカ 検索いふ スワン マンサク アーモンド オーバー カミソール セルフレ ワイウク 氷の世界 リット ジャムパン マンナ ロファ ターニュ トウチク ゴデチア ぽっぽ 幸せ ハードカレ キューム パイソオ セクレ リファンド お猿岩 鳳仙花 スタート マテハン めんか キャンベラ タメ口 ブリーフス シオン 最新検索 アフレコ モダンジ ストマイ ライン フローベ ウィザード ちとう ディエフ

「戦争の主題」は前半部は、ムソルグスキーのオペラ『ボリス・ゴドウノフ』第1幕、自作の『ムツエンスク郡のマクベス夫人』からの、後半部はレハール作曲のオペレッタ「メリー・ウィドウ」からの「ダニロ登場の歌」の引用であるという説がある。かつてはこの主題は勇猛果敢なソビエト軍を表現しているという解釈が一般的であったが、前者は、民衆が脅されてボリスに帝位につくよう懇願するのと、カテリーナが自らの犯罪をカムフラージュするための嘘泣きする主題でありすこぶる意味深長である。もし後半の主題がレハールの引用であるとすると、この主題はドイツ軍を表現していると考えるのが自然であるということになる。ちなみにレハールはヒトラーからの支持を受け、保護されていた。
ダニロの歌には「それでも俺はマキシムに行くぞ。あすこは神聖な祖国を忘れさせてくれる。」という歌詞があり、作曲者の子息の名がマキシムである事を考えても、かなり重要な意味を持つといわれている。
「戦争の主題」はバルトークが管弦楽のための協奏曲の第4楽章で引用しており、ショスタコーヴィチへの揶揄ともナチス批判とも取れる。
 
第2楽章 Moderato (poco allegretto) (「回想」)
4拍子のスケルツォ。約10分。木管による哀愁を帯びた主題が印象的である。戦闘の苛烈さを表すかのような金管の激しい咆哮でクライマックスを迎えるが、再現部で悲しげな表情に戻り静かに終わる。

第3楽章 Adagio (「祖国の大地」)
アダージョ。約18分。

ショスタコーヴィチには珍しいタイプのアダージョであり、比較的叙情的で明るい内容を持つ。

冒頭、崇高だが悲痛な嘆きをも思わせるコラール主題がffで奏された後、陽気で、息の長い旋律が現れる。中間部では大地を疾走するような音楽が続き、再現部になる。バロック様式をとりながら祖国愛を表現している。

アタッカで第4楽章に続く。

第4楽章 Allegro non troppo (「勝利」)
勝利のフィナーレ。大きく3部分に分かれている。第3楽章から切れ目なく続く地響きのような低音とともに序奏が始まる。ここで登場する「タタタター」という同音連打はモールス信号の「V」(・・・-)すなわち「Victory」を表すとされ、曲中で執拗に登場する(ベートーヴェンの「運命」の動機のパロディという説もある)。急速なアレグロ調で開始する重要なモチーフが第1部で圧巻の展開を見せる。「作品の輝かしい帰結」と称された第2部では、サラバンド調の音楽が遅いテンポで続く。それは戦争の犠牲者を哀悼するようである。第3部においてはその速度を維持したまま、基本モチーフが重厚に展開され、結末へのただ1本のクレッシェンドを形成する。その頂点で第1楽章の第1主題(「人間の主題」)が全楽器の絶叫によって打ち立てられ、序奏の同音連打が勝利の宣言となる。約18分。

楽器編成
ピッコロ 1、フルート 2(2番はアルトフルート持ち替え)、オーボエ 2、コーラングレ 1、E♭管クラリネット 1、クラリネット 2、バスクラリネット 1、ファゴット 2、コントラファゴット 1
ホルン 4+4、トランペット 3+3、トロンボーン 3+3、チューバ 1
ティンパニ、トライアングル、タンバリン、小太鼓、シンバル、大太鼓、タムタム、シロフォン、ピアノ
ハープ 2
弦五部
非常に大編成である。また、金管は第1金管群と第2金管群に分かれている。

演奏時間
約75分。第3楽章〜第4楽章は切れ目なく続く。

関連記事
ショスタコーヴィチの交響曲のうち、第7番から第9番までは、第二次世界大戦と深い関係がある。

第8番
第7番において、戦争の表面的な表現ばかりに注意が向いてしまったことに対するショスタコーヴィチ自身の不満から、第8番では戦争によって生じる内面的な悲しみを表現しようと試みている。
第9番
第二次世界大戦の勝利を記念して作曲された作品だが、あまりにも軽妙洒脱であったために当局の意に沿わず、これが後のジダーノフ批判へとつながっていく。

その他
この作品の引用で知られるバルトークは「国家の奴隷にまでなって作曲するものは、馬鹿」というコメントを残した。このコメントは当然リアルタイムでショスタコーヴィチの耳に入っており、後日バルトークの引用が様々な形で含まれることとなった。
1991年頃、武田薬品工業製造のアリナミンVのCMにおいて第一楽章展開部の主題が「ちちんブイブイだいじょーブイ」というアーノルド・シュワルツェネッガーと宮沢りえの台詞と歌で引用された。
2006年には、第一楽章がアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の第11話『射手座の日』における演出に使用された。

2009年01月18日

巨大金融機関としての発達

軍事組織としての表の顔に加えて持っていた騎士団のもう一つの顔が金融機関としてのものであった。もともとは入会者たちは、この世の栄華を捨てる証として個人の私有財産を会に寄贈して共有しており、この慣習はほかの修道会でも行われていた。会の活動目的が聖地守護と軍事活動であっても実際に前線で戦うのは会員の数%にすぎなかった。ほとんどの会員は軍事活動そのものより、それを支援するための兵站および経済的基盤の構築にあたった。特筆すべきは、テンプル騎士団が巡礼者の預金証を作成し、彼らの資産を預かるサービスを編み出したことである。

このような新たなビジネスモデルの構築と、多くの寄進を集めたことによって12世紀から13世紀にかけて騎士団は莫大な資産をつくり、それによって欧州から中東にいたる広い地域に多くの土地を保有した。そこへ教会と城砦を築き、ブドウ畑や農園を作り、やがて自前の艦隊まで持ち、最盛期にはキプロス島全島すら所有していた。パリにあったテンプル騎士団の支部はフランスの非公式な財務省といえるほどの規模になり、たびたびフランス王に対する財政援助を行っている。
ライバ デッサン シーソーゲ ニーメイ ピーツ ハンチョウ リチャー ムース ディー ガイドモフ サプライズ トドマ シャベル バスレーン ローラー きざらし ヤコブ 風雷坊 コムサ プラトン シッダー ワンマ ガスマス ユーコ タウン憂山 フィナス フラワー 月のうさぎ ボリー フィア プロジェク シャム プレー ロブノー フレア シャフト モニカ シエラ キチン リング ビーエス ローシルク リーク スペード イマン バスガド サーチ予言 フラスコ スカルプ ジョイント


騎士団の経済的な発展とは裏腹に1187年までに中東情勢は悪化の一途をたどっていた。当時の総長ジェラール・ド・リデフォールは宿敵サラディンとの数次にわたる戦闘に敗北するだけでなく、自らが捕虜となるという致命的な失態を演じた。これは投降よりは死を選ぶという騎士団の勇名に泥を塗ることになった。ジェラールは一度は解放されたが、再び捕虜となって斬首されたため、ヨーロッパにおいてテンプル騎士団への風向きが変わっていく。

1290年にアッコンが陥落すると、ヨーロッパ人は完全に聖地周辺の足がかりを失うことになった。軍事活動がなくなっては存続できない他の騎士団が存亡をかけて新たな目標を見つけていく中で、特権と財産に守られていたテンプル騎士団には危機感がなく、スペインでのアラブ人との小競り合いを除けば、ほとんどすべての軍事活動を停止するようになっていた。